ポポ社会学

違和感は敵ではない──距離を測るための感覚

人はときどき、言葉にならない違和感を感じる。

相手の一言かもしれない。態度かもしれない。関係の流れかもしれない。

はっきりした理由はないが、どこか引っかかる。

このとき人は、その違和感をどう扱うかで迷う。

気のせいかもしれない。相手を悪く思いたくない。それでも、何かがおかしい。

そして多くの場合、その違和感を押し込める。

だが違和感は、排除するためのものではない。

それは、距離を測るための感覚である。

違和感とは、ズレを感知している状態だ。

それは必ずしも、相手が悪いという意味ではない。

接続の仕方が違うだけのこともある。

流れを大事にする人もいれば、思い出したときに動く人もいる。

この違いだけでも、感じ方は大きく変わる。

観察型の人ほど、このズレを細かく拾う。

小さな違和感に気づき、関係の質を見抜き、空気の変化を感じる。

これは強みである。

だが同時に、疲れやすくもなる。

すべてを「失礼」として受け取ると、世界は一気に窮屈になる。

だから必要なのは、仕分けである。

違和感を感じたとき、一拍置いて分ける。

境界線を越えているのか。接続の違いなのか。それとも自分の状態なのか。

これだけで、消耗は大きく変わる。

関係は、すべてつなぐものでも、すべて切るものでもない。

距離を調整できるものである。

違和感は、そのための道具である。

違和感は敵ではない。自分の立ち位置を教えてくれる感覚である。