昔々、あるところに、おじいとおばあがおりました。
ある日、孫がやってきて言いました。
「じいちゃん、ばあちゃん。今度、グランピング行こうや」
おじいは、湯のみを持ったまま聞き返しました。
「……グラ、なんや?」
「グランピングや。自然の中で、ゆったり過ごすんやで」
おじいは、少し考えました。
「自然いうもんは、そこらへんにあるもんちゃうんか」
孫は笑いました。
「違う違う。今の自然は、ちゃんと予約して楽しむんや」
おじいは、おばあを見ました。
「おばあ。自然も予約制になったらしい」
おばあは、洗い物をしながら言いました。
「まぁ、行ってみたらええやないの」
こうして、おじいとおばあは、孫に連れられてグランピングへ行くことになりました。
当日。
山の近くに着くと、そこには大きなテントが並んでおりました。
けれど、そのテントは、おじいが思っていたテントとは少し違いました。
中には、ふかふかのベッド。
おしゃれな椅子。
ランタン。
小さなテーブル。
コーヒーを淹れる道具。
それから、何に使うのかよくわからない、ええ匂いのするものまで置いてありました。
おじいは、テントの中を見回して言いました。
「……これ、ほぼ部屋やないか」
孫は得意げに言いました。
「それがええんや。自然の中で快適に過ごすんや」
おじいは、もう一度テントの中を見ました。
「自然、だいたい揃っとるな」
夕方になると、焚き火の時間になりました。
孫たちは、火を囲んで座りました。
「火って落ち着くよなぁ」
「デジタルデトックスやな」
「こういう時間、大事やわ」
おじいは、黙って火を見つめておりました。
ぱちぱちと薪が鳴ります。
火の光が、みんなの顔を赤く照らしておりました。
しばらくして、おじいが言いました。
「昔はな、デトックスせんでも、そもそもデジタルが無かったんや」
孫たちは、少しだけ静かになりました。
おばあは、小さく笑いました。
「おじい、それ言うたら話が終わるで」
夜になると、空には星が出ました。
街の明かりが少ないせいか、いつもよりたくさん見える気がしました。
おばあは空を見上げて言いました。
「きれいやなぁ」
おじいも、素直にうなずきました。
「せやなぁ」
その時だけは、おじいも何も言いませんでした。
ただ、空を見ておりました。
けれど、夜中。
おじいは、テントの中で小さな声を出しました。
「おばあ」
「なんやの」
「ワシ、家のトイレが恋しなってきた」
おばあは、布団の中でため息をつきました。
「自然を楽しみに来たんやろ」
「自然はええ。でもトイレは家がええ」
おばあは、少し考えて言いました。
「人間は、わがままにできとるな」
翌朝。
外でコーヒーを飲みました。
紙コップではなく、ちゃんとしたカップに入ったコーヒーでした。
朝の空気は冷たく、遠くで鳥が鳴いておりました。
おばあは言いました。
「外で飲むと、なんや美味しいなぁ」
おじいも、コーヒーをひと口飲みました。
「たぶん、空気代込みや」
孫は笑いました。
帰るころには、おじいも少しだけ満足しておりました。
「どうやった? じいちゃん」
孫が聞きました。
おじいは、少し間を置いて言いました。
「まぁ、悪くなかった」
それを聞いて、孫はうれしそうに笑いました。
家に帰った翌日。
おじいは、いつもの縁側でお茶を飲んでおりました。
風が吹いて、庭の木の葉が揺れております。
おばあが聞きました。
「また行きたいか?」
おじいは、庭を眺めながら言いました。
「たまになら、ええな」
「そうか」
「でもな」
「なんやの」
おじいは、お茶をすすって言いました。
「ワシ、あそこより家の方が自然体やったな」
おばあは、ふふっと笑いました。
人は、ときどき、わざわざ不便を楽しみに出かけます。
けれど、ちゃんとベッドも欲しいし、できればトイレも近くにあってほしい。
それが、今の人間なのかもしれません。
おじいは今日も、縁側でお茶を飲んでおります。
自然は、すぐそこにもありました。
めでたし、めでたし。