昔々、あるところに、おじいとおばあがおりました。
おじいは、毎朝きまって味噌汁を飲んでおりました。
豆腐の味噌汁。
わかめの味噌汁。
大根の味噌汁。
たまには、なめこの味噌汁。
味噌汁は、うまい。
それはおじいも、よくわかっておりました。
けれど、ある朝。
おじいは、湯気の立つお椀を前にして、ぽつりと言いました。
「おばあ。ワシ、たまにはコーンスープが飲みたい」
おばあは、味噌汁をすすりながら言いました。
「飲んだらええやないの」
「それがな、そう簡単にはいかんのや」
おじいは、深刻な顔をしました。
おばあは箸を止めました。
「なんでやの」
「ワシ、もう長いこと味噌汁のサブスクに入っとる気がするんや」
おばあは、しばらく黙っておじいを見ました。
「味噌汁のサブスクて、なんやの」
「毎朝、自動更新されるんや」
「誰が更新しとるん」
「暮らしや」
おばあは、少しだけ感心したような顔をしました。
おじいは続けました。
「味噌汁が嫌いなわけやない。むしろ好きや。でも、たまには黄色いもんが飲みたい日もある」
「たくあんでも吸うたらええやないの」
「そういう黄色やない」
おじいは、遠くを見るような目をしました。
先日、駅前のカフェで見たのでした。
小さな紙コップに入った、コーンスープを。
湯気の向こうで、粒のコーンが浮いておりました。
あれは、洋風の自由でした。
おじいは、その日からずっと考えていたのです。
味噌汁を愛したまま、コーンスープに憧れてもよいのだろうか。
おばあは言いました。
「ほな、真ん中にしたらええ」
「真ん中?」
「味噌汁にコーン入れたらええやないの」
おじいは、目を見開きました。
「それは、味噌にもコーンにも失礼やろ」
「失礼かどうかは、食べてから決めたらええ」
おばあは、たいへん現実的な人でした。
翌朝。
食卓には、いつものように味噌汁が置かれておりました。
ただし、その中には。
コーンが浮いておりました。
黄色い粒が、豆腐の横で静かに揺れております。
おじいは、お椀を見つめました。
「……ほんまに入れたんか」
「入れたで」
「味噌汁界がざわつくで」
「もう浮いとるから、手遅れや」
おじいは、そっと味噌汁をすすりました。
そして、コーンをひと粒噛みました。
沈黙が流れました。
おばあは、何も言わずに待っておりました。
やがて、おじいは小さく言いました。
「……案外、うまいな」
おばあは、うなずきました。
「人生も、だいたいそんなもんや」
おじいは、もう一度すすりました。
味噌汁は、味噌汁でした。
けれどそこには、ほんの少しだけ、コーンスープの夢が浮いておりました。
その日から、おじいの朝の味噌汁には、たまにコーンが入るようになりました。
味噌汁のサブスクは、解約されませんでした。
ただ、プランが少し変わったのです。
めでたし、めでたし。