その自信はどこから来るのか不思議ですし、
なぜ人は自分を客観的に見ることが苦手なのでしょうか?
回答(A)
人は、自分を客観的に見ることができないようにできています。
これは欠陥ではなく、機能です。
まず前提として、
人は“自分の内側”からしか世界を認識できません。
外から自分を見ることは、構造的に不可能です。
鏡や写真を使えば、姿は確認できます。
しかしそれも、「外から見た自分を内側で解釈している」だけです。
つまり、完全な客観は存在しません。
なぜ自分をよく見積もるのか
ではなぜ、自分を“よく見積もる”ことが起きるのか。
それは、生存のためです。
もし人が常に正確に自分を評価していたら、
多くの場合、行動できなくなります。
自分の未熟さや欠点を、
過不足なく認識してしまえば、
一歩踏み出す前に止まるでしょう。
だから人は、少しだけ自分を肯定的に見る。
これを「バイアス」と呼びますが、
本質は“前に進むための補助装置”です。
違和感の正体
問題は、そのバイアスが他人との比較の中で露呈したときです。
外から見ると違和感がある。
だが本人の中では整合している。
このズレが、あなたの感じている違和感です。
評価というものの曖昧さ
もう一つ重要な点があります。
「可愛い」という評価自体が、
極めて主観的で変動するものだということです。
時代、文化、環境、関係性。
それらによって基準は簡単に変わります。
つまり、「客観的な可愛さ」というものは、
思っているほど固定されたものではありません。
結び
人は完全には客観視できない。
だが、それで問題はない。
むしろ、自分の中で整合が取れているなら、
その人はその人の世界で成立している。
あなたが違和感を覚えるのも、自然です。
それはあなたの基準が働いているからです。
どちらかが正しいわけではありません。
人は、自分を少しだけ良く見積もることで前に進む。
その“少しのズレ”が、
生きるための余白になっているのです。