人間できることしかできないというのが真実で、できないことはできないわけです。それなのに、できないことをできることにしたいと願う時、何から始めると良いのでしょうか?
回答(A)
人間は、できることしかできない
これは、ある意味では残酷なほど正しい事実です。できないことは、できない。届かないものは、まだ届かない。無理なものは、その時点では無理です。
けれど人は、ときどきその「できない」を、どうしても「できる」に変えたくなることがあります。では、その時は何から始めればいいのでしょうか。
答えは案外シンプルです。
まずやるべきことは、「できない」を細かく分解することです。
「できない」は、大きすぎて扱えない
私たちはよく、ひとまとめにして言います。
「話せない」
「続けられない」
「書けない」
「挑戦できない」
しかし実際には、それらは一枚岩ではありません。
「話せない」の中には、
・最初の一言が出ない
・人の目を見ると緊張する
・頭が真っ白になる
・失敗した後のことを考えすぎる
といった、いくつもの小さな要素が混ざっています。
つまり「できない」とは、巨大なひと塊ではなく、まだ整理されていない不便の集合体なのです。
分解されてはじめて、手が届く
人は、曖昧な巨人とは戦えません。
けれど、相手を細かく分けると話が変わってきます。
たとえば「人前で話せない」という悩みも、
「最初の一言が出ない」まで絞れた瞬間に、練習の方法が見えてきます。
つまり、分解とは絶望を現実に戻す作業です。
漠然とした無力感のままでは、人は立ち尽くします。ですが、問題が小さくなれば、そこに手を伸ばすことができます。
ゼロではない場所を探す
もうひとつ大事なのは、「まったくできない」と思っていることの中にも、実は少しだけできている部分がないかを探すことです。
たとえば、
人前では話せない。でも一対一なら話せる。
文章は書けない。でもメモなら取れる。
続けられない。でも三日だけなら動ける。
それは小さく見えても、立派な出発点です。
人は何もないところから始めるのではなく、すでにある微かな「できる」から橋をかけていくしかありません。
願うだけでは足りない
もちろん、「できるようになりたい」という願い自体は大切です。願いがなければ、そもそも動き出そうとは思いません。
けれど願いだけでは、前には進みにくい。
なぜなら願いは熱であって、構造ではないからです。
熱は人を動かします。けれど、道を作るのは分解です。
何ができないのか。どこまでならできるのか。次の一歩は何なのか。
それが見えた時、「できない」は初めて「まだできない」に変わります。
できないは、終点ではない
できないことを、できることにしたい。
その時に最初にやるべきことは、気合いでも根性でも自己否定でもありません。
ただ、細かく見ることです。
大きすぎる「できない」を、扱える大きさまで削る。
そして、すでにできている場所を探し、そこから橋を渡していく。
人間にできることは限られています。
でも、昨日できなかったことが、今日も永遠にできないとは限りません。
「できない」とは終点ではなく、まだ分解されていない状態の名前なのかもしれません。