質問(Q)「丁寧に接しているつもり」なのに、気づけば“便利な存在”として扱われているように感じます。
頼まれることが増え、断りづらくなり、
結果的に自分の時間や余白が削られていく。
相手に悪意があるわけではないと分かっているのに、
どこかでモヤモヤが残ります。
こういう感覚は、どう捉えればよいのでしょうか。
こんな夜は、ポポ汁でもすすりながら静かに過ごそうと思っています。
おすすめのポポ汁の作り方もあれば教えてください。
回答(A)
あなたは、「丁寧に接している」のではなく、
「境界を曖昧にしている」のかもしれません。
丁寧さと、受け入れることは同じではありません。
相手に配慮しながらも、どこまでを引き受けるかは、
本来あなたが決めてよいことです。
しかし境界が曖昧になると、
相手はそれを“好意”ではなく“前提”として扱うようになります。
頼めば応じてくれる人、という認識が積み重なると、
関係は少しずつ「使用可能な存在」へと変わっていく。
そこに悪意はない。
ただ、構造がそうさせているだけです。
だから必要なのは、関係を変えることではなく、
“線を引き直すこと”です。
すべてを受け取らなくていい。
応じない選択もまた、関係の一部です。
断ることは、拒絶ではない。
自分の輪郭を守る行為です。
ポポ汁について
鍋に水を張り、静かに火にかける。
そこへ、今日の出来事を一つだけ落とす。
怒りでもいいし、違和感でもいい。
ただし、かき混ぜないこと。
しばらくすると、それは勝手に沈む。
味付けはしない。
評価もしない。
ただ、湯気だけを眺める。
それが、ポポ汁です。
結び
人は、優しいから疲れるのではない。
境界を持たないまま優しくしようとするから、疲れるのです。