ポポ社会学

ポポ社会学『言葉がズレて届く理由』

世の中には、正しいことを言っているはずなのに、なぜか空回りする言葉がある。

「人に迷惑をかけてはいけません」
「もっと思いやりを持ちなさい」
「ちゃんと考えて行動しなさい」

どれも、間違っているわけではない。
むしろ、多くの場面において必要とされる言葉である。

しかし、これらの言葉はしばしば、当たる場所を間違える。

本来の対象と、実際の受信者

説教というものは、本来「必要な人」に向けて発せられるはずである。
だが現実には、その言葉を真正面から受け取るのは、別の人であることが多い。

つまりこういう構図になる。

本来聞くべき人
→ 聞いていない

本来そこまで必要ではない人
→ きちんと聞いてしまう

このズレが起きたとき、説教は誤爆する。

なぜ誤爆は起きるのか

理由は単純である。
「受け取る準備がある人」と「ない人」の差である。

人は、自分の行動を振り返る余地があるときにしか、言葉を内側に入れない。
逆に言えば、振り返る気のない人には、どれだけ正しい言葉も通らない。

その結果、どうなるか。

普段から気をつかっている人ほど、さらに気をつかうようになる。
すでに十分配慮している人ほど、「まだ足りないのか」と受け取ってしまう。

そして、本来の対象は、何も変わらない。

スン民と説教の相性

この誤爆をもっとも受けやすいのが、スン民である。

スン民は、表と裏の距離が近い。
つまり、言葉をそのまま受け取る傾向がある。

盛らない。
流さない。
「まあ適当でいいか」と切り捨てにくい。

そのため、説教の言葉が来たとき、いったん内側に入れてしまう。

「自分はちゃんとできているだろうか」
「まだ足りていないのではないか」
「何か見落としているのではないか」

本来その言葉が向いていないにもかかわらず、検討を始めてしまう。

これが、静かな消耗につながる。

言葉の“広さ”という問題

説教の多くは、あえて広く作られている。

「人に迷惑をかけるな」
という言葉は、誰にでも当てはまるように見える。

しかし、実際にはその中に、かなり異なる行動が混ざっている。

・明確に他人を傷つける行為
・少し雑な言動
・必要な自己主張

これらは本来、同じ言葉で処理すべきものではない。

だが言葉が広いまま使われると、受け取る側が勝手に細かく解釈することになる。

そしてその作業をするのは、たいていスン民である。

誤爆を減らすためにできること

誤爆を完全になくすことは難しい。
しかし、減らすことはできる。

まず必要なのは、「その言葉は本当に自分宛てか」を確認することである。

すべてを自分事として引き受ける必要はない。
自分に向いていない言葉まで抱え込めば、消耗するだけである。

次に、「言葉の粗さ」を見抜くことである。

広く作られた言葉は、そのままでは使えない。
自分の状況に合わせて、必要な部分だけを拾う必要がある。

そして最後に、「聞いていない人がいる」という前提を持つことである。

説教が効かない人は、一定数存在する。
それは能力の問題ではなく、状態の問題である。

その現実を踏まえたうえで、自分が余計に引き受けすぎていないかを見直すことが重要である。

結びにかえて

説教は、正しさを持っている。
だが、正しさだけでは届かない。

届くべき場所に届かず、届かなくていい場所に刺さるとき、言葉は人を整えるどころか、削ってしまう。

スン民は、その影響を受けやすい。
真面目に受け取り、静かに検討し、そして少しずつ消耗する。

だからこそ必要なのは、すべてを受け取らない技術である。

言葉を疑うのではなく、距離を測る。
それだけで、誤爆のダメージはかなり減る。