ある学生が、旧校舎で見かけたという。
白衣の老人。
丸メガネ。
フクロウみたいな目。
その学生が言った。
「誰やあの人」
先輩が答える。
「知らん。
でも昔からおる」
「たしか……
白鳥教授って呼ばれてる」
なぜ白鳥なのかも、誰も知らない。
昔の名札がそうだった。
白衣が白いから。
誰かの聞き間違い。
理由はいくつか囁かれているが、本当のところは不明である。
大学の古い資料を調べると、昭和の写真にも、大正の写真にも、同じ顔の老人が写っている。
だが、大学の名簿には白鳥教授の名前がない。
学生が聞いたことがある。
「教授、お名前は?」
白鳥教授は、フォッフォッフォッ……と笑って、少し考えてから言った。
「呼びやすい名前でよい」
それ以来、学生はみな、その老人を白鳥教授と呼ぶようになった。
旧校舎の扉には、紙が貼ってある。
決して開けてはいけません
その下に、小さく書いてある。
材料は左の箱へ
研究室の扉の横には、古びたプレートがある。
白鳥研究室
その下に小さく、こう記されている。
再生利用工学
学生の間では、こんな噂がある。
「白鳥教授って、いつからいるんですか?」
先輩は言う。
「知らん。
ワシが入学したときには、もうおった」
さらに別の先輩も言う。
「ワシの兄貴の代にもおったらしい」
「祖父の代からおる、いう話もあるで」
だから学生の間では、白鳥教授は二百年以上生きていると噂されている。
ある学生が、思いきって聞いたことがある。
「教授、いつ引退するんですか?」
白鳥教授は、机の上の曲がったハンガー、古いタイツ、輪ゴムを見ながら言った。
「ワシの研究はのう……再利用じゃ」
「まだ使えるものがある限り、ワシの仕事も終わらん」
学生がたずねる。
「つまり……?」
白鳥教授は、フォッフォッフォッ……と笑った。
「ワシに引退はない」
学生は最初、それを都市伝説だと思って笑う。
だが、夜遅くまで大学に残っていると、旧校舎の方からカチャカチャ、ガサガサと、何かを作る音が聞こえることがある。
ときどき、その合間に。
フォッフォッフォッ……
という笑い声。
学生は知っている。
あの扉の向こうには、白鳥教授の研究室がある。
張り紙には、さらに小さく続きがあるとも言われている。
決して開けてはいけません
(材料を持っている者を除く)
だから学生たちは、そっと置いて帰る。
輪ゴム。
クリアファイル。
片方だけの靴下。
曲がったハンガー。
翌日、扉の前には、何か新しい発明品が置かれている。
そして、ときどき扉の向こうから聞こえるのだ。
フォッフォッフォッ……
「ゴミ屋敷と呼ばないで」
なお、夜間講義のお知らせが、旧校舎前に貼り出されることがある。
本日21時より旧校舎にて
白鳥教授による
『再生利用工学〜ゴミ屋敷と呼ばないで〜』を開催します。
材料持参可。