大人になるまでに、どれだけのものを“スルー”してきただろう。
忙しさ、正しさ、空気、期待、役割。気付けば心はカチコチに固まり、呼ばれてもいないのに自意識だけが前へ出る。そんな「固まりすぎた心」を抱えたまま生きている社会人は、実はとても多い。
本書『ルンルンのカスタネット──スルー禁止の女神』は、生真面目すぎてチャンスを逃し続けてきた主人公が、奇抜で謎めいた存在“ルンルン”と出会う物語である。ルンルンは綺麗な外見の女性だが、ファッションはなぜか一万円札がぶら下がった謎スカート。赤と青のカスタネットを片耳に揺らしながら、駅前に予告なく現れる。彼女は主人公にスルーされると本気でキレる。「このスカート見てなんでスルーできるねん!」と。読者はその瞬間、思わず笑いながらも「自分も同じかもしれない」と気付く。
ルンルンの象徴であるカスタネットには、静かに深い意味がある。赤と青、まったく違う色の二枚が、重なって初めて音を鳴らす。どちらが上でも下でもない。人間関係もまた、二つの違いが重なって初めて響く。その象徴性が物語の根に流れている。
主人公は運動神経も悪くないのに、なぜかフォークダンスが踊れない“硬さの人”。呼ばれたときだけ動き、注目されると固まり、誰にも迷惑をかけずに生きようとする。そんな彼に対して、ルンルンは言う。
「あんた、どうせ誰も見てへんで」
ポポッ🕊✨
(その“スルー癖”、安全やけど自由も一緒にスルーしてもうてるかもしれんで)
その一撃が、主人公の世界のひび割れとなる。
駅前での再会を重ねるうちに、主人公は気付く。自分は「失敗したくない」だけで、実は何も失っていない。ただ縮こまっていただけだと。ルンルンは失敗だらけの女神で、転ぶし、つまずくし、スカートの札束もよく落とす。それでも堂々と笑っている。その姿が、主人公の凝り固まった心を少しずつ溶かしていく。
クライマックスは、ルンルンがダンスのターンを失敗し、車道に転がるシーン。今までなら遠くから見ているだけの主人公が、その瞬間だけは迷わず動く。その行動こそ、彼が取り戻した“ほんの一滴の自由”である。
翌日、ルンルンの姿はどこにもない。ただ駅前のベンチに、赤と青のカスタネットだけがそっと置かれている。音は鳴らない。でも、読み終えた読者の胸の中で、かすかに「カラン」と響く。
スルーしたまま大人になってしまった人へ。
自分の中の自由を、もう一度思い出したい人へ。
その一音で、人は少しだけ柔らかく、少しだけ軽くなる。
これは、笑えて、ちょっと切なくて、
心の硬さがすこし溶けていく“ルンルンクロニクル”第一巻である。

