やろうと思っていたことがある。
構想もあった。イメージもあった。頭の中では、すでに形になっていた。
だが、実際には何も始まっていない。
それでもどこかで、「やった気」になっている。
この感覚はどこから来るのだろうか。
人は、考えた瞬間に、少しだけ満たされる。
構想を練り、言葉にし、誰かに話す。その時点で、ある種の達成感が生まれる。
だがそれは、実行によって得られるものとは別のものだ。
考えることと、やることは似ているようで、まったく違う。
考えることは、いつでもできる。失敗もない。修正も簡単だ。
だが実行は違う。
時間がかかる。うまくいかない。途中で止まることもある。
現実に触れることで、最初に思い描いていたものとのズレが露わになる。
だから人は、無意識に考える側に留まろうとする。
その方が安全で、その方が心地よいからだ。
「やったつもり」でいることは、ある意味で自分を守る行為でもある。
だがその状態では、何も残らない。
形にならない限り、それは他者と共有されることも、自分の中で確かめられることもない。
では、どうすればいいのか。
大きなことをする必要はない。
ただ一つ、実際に手を動かすこと。
不完全でもいい。途中でもいい。
頭の中にあったものを、現実の側に少しだけ引き出す。
その瞬間に、「やったつもり」は終わる。
そしてそこから初めて、本当の意味での創作が始まる。