日本語講座

イナン教授の日本語講座 第0講 訳せない日本語たち ──TRANSLATION: IMPOSSIBLE

世界には「翻訳できない言葉」というものが存在する。正確に言うなら、辞書では訳せるのに、感覚は訳せない言葉である。

日本語には、この種の言葉が非常に多い。

海外でよく紹介されるのは「わび・さび」や「もったいない」だが、実際にはそれだけではない。

むしろ日本語は、空気、関係、余白を扱う言語なので、翻訳不能語が大量に生まれる構造を持っている。

言葉より先に場が動き、意味より先に気配が伝わる。日本語とは、そういう言語である。

本講義では、日本語の中でも特に翻訳が難しい言葉をいくつか取り上げながら、日本語の文化的な特徴を観察していく。

気まずい

沈黙の中でしか伝わらない感情。日本人の「間」の文化がもっともよく表れる言葉である。

もったいない

単なる節約ではない。感謝、倫理、罪悪感、そして美意識が混ざり合った、日本語特有の感覚である。

しょうがない

諦めではない。現実を受け入れながら生きていくための、日本的な共存技法である。

わび・さび

欠けを愛でる文化。未完成の中に美しさを見つける、日本文化の視線。

空気

日本語最大の未翻訳概念。誰も言葉にしていないのに、全員が理解しているルールのこと。

めんどくさい

怠けの言葉ではない。人間関係を整理するための、静かな防御装置でもある。

切ない

悲しいでもない、嬉しいでもない。痛みと美を同時に抱く、日本語特有の感情の中間地点。

こうした言葉を見ていくと、日本語の特徴が少し見えてくる。

日本語は、意味を説明する言語というより、空気や感情を共有する言語なのである。

これからの講義では、これらの言葉をひとつずつ取り上げながら、日本語の奥にある文化や心理を観察していく。