諸君。
サラリーマン環境において、ピコンは出にくくなる傾向がある。
これは、個人の能力の問題ではない。
構造の問題である。
組織においては、多くの行動が評価対象となる。
時間の使い方。
成果の有無。
説明可能性。
再現性。
これらが常に求められる環境では、思考は自然と「管理モード」に入る。
意味があるか。
役に立つか。
効率的か。
この問いが常に存在している状態では、ピコンは現れにくい。
ピコンがないのではない。
出る前に止められているだけである。
なぜなら、ピコンは、管理外の領域で発生するからである。
また、この環境では「無駄」が排除される。
ぼんやりする時間。
雑談。
ながらの余白。
これらは非生産とされ、削減の対象となる。
しかし、これらこそが、ピコンの発生源である。
したがって、サラリーマンにピコンがないのではない。
ピコンが出る前に、「それは無駄である」と判断され、切り捨てられているだけである。
問題は能力ではなく、構造である。
ここで重要なのは、構造を否定しないことである。
この仕組みは、効率と安定のために設計されている。
問題は、その思考が生活全体に広がることである。
仕事の外でも、同じ基準で物事を見てしまうと、ピコンは現れなくなる。
したがって、必要なのは、構造の外に小さな領域を持つことである。
評価されない時間。
説明しなくてよい会話。
意味を求められない行動。
この領域においてのみ、ピコンは再び発生する。
なお、この時間を「創造性のために確保する」と考えた場合、それはすでに管理モードである。
この点には、注意されたい。
以上。