無意味芸術論

ピコン学入門|第5講:子どもと褒められ回路

諸君。

子どもは、よくピコンが鳴る。

突然、絵を描き出す。
意味のわからない歌を歌う。
話が急に始まる。

これらはすべて、ピコンの典型例である。

では、なぜ子どもはピコンが多いのか。

理由のひとつは、「出してよい環境」にある。

子どもは、何かを出したとき、反応を得る。

「すごいね」
「おもしろいね」

といった言葉が返る。

このとき、ピコンは強化される。

出す。
反応がある。
出してよいと感じる。
また出す。

この循環が、ピコンの発生頻度を高める。

正しさよりも、
「出してもよい」という空気のほうが強い。

ここで重要なのは、内容の正しさではない。

意味があるかどうかでもない。

ただ、「出してもよい」という空気である。

一方で、この循環が途切れると、ピコンは弱くなる。

無反応。
評価のみ。
修正要求。
正解の提示。

これらが続くと、子どもは出さなくなる。

正確には、出す前に止めるようになる。

このとき、ピコンは消えたのではない。

発生の前に、検閲が入るようになっただけである。

ピコンは消えない。
止められるだけである。

大人になると、この検閲は内面化される。

「今出しても大丈夫か」
「意味があるか」
「役に立つか」

この問いが先に立つと、軽いピコンは消える。

しかし、条件が整えば、ピコンは再び現れる。

評価されない場所。
意味を求められない時間。
反応が返る関係。

この環境においてのみ、ピコンは再び鳴り始める。

したがって、子どものピコンと大人のピコンは、本質的には同じである。

違いは、環境と、許可の有無だけである。

以上。