無意味芸術論

ピコン学入門|第6講:サラリーマン構造とピコン抑制

諸君。

サラリーマン環境において、ピコンは出にくくなる傾向がある。

これは、個人の能力の問題ではない。

構造の問題である。

組織においては、多くの行動が評価対象となる。

時間の使い方。
成果の有無。
説明可能性。
再現性。

これらが常に求められる環境では、思考は自然と「管理モード」に入る。

意味があるか。
役に立つか。
効率的か。

この問いが常に存在している状態では、ピコンは現れにくい。

ピコンがないのではない。
出る前に止められているだけである。

なぜなら、ピコンは、管理外の領域で発生するからである。

また、この環境では「無駄」が排除される。

ぼんやりする時間。
雑談。
ながらの余白。

これらは非生産とされ、削減の対象となる。

しかし、これらこそが、ピコンの発生源である。

したがって、サラリーマンにピコンがないのではない。

ピコンが出る前に、「それは無駄である」と判断され、切り捨てられているだけである。

問題は能力ではなく、構造である。

ここで重要なのは、構造を否定しないことである。

この仕組みは、効率と安定のために設計されている。

問題は、その思考が生活全体に広がることである。

仕事の外でも、同じ基準で物事を見てしまうと、ピコンは現れなくなる。

したがって、必要なのは、構造の外に小さな領域を持つことである。

評価されない時間。
説明しなくてよい会話。
意味を求められない行動。

この領域においてのみ、ピコンは再び発生する。

なお、この時間を「創造性のために確保する」と考えた場合、それはすでに管理モードである。

この点には、注意されたい。

以上。