無意味芸術論

ピコン学入門|第8講:ピコンとピタゴラス的連鎖

諸君。

ピコンは、単独で完結するものではない。

多くの場合、ひとつのピコンは、別の何かに触れ、さらに別の動きを生む。

ピコンは、つながることで形を持つ。

この連鎖は、直線的ではない。

Aがあって、Bがあって、Cに至る、という順序ではない。

むしろ、一見無関係なもの同士が接触し、その結果として、別の場所で変化が起きる。

この構造は、いわゆるピタゴラス装置に近い。

ボールが転がり、予想外の経路を通りながら、最終的にひとつの結果に至る。

ここで重要なのは、途中の動きである。

遠回り。
意味不明な接触。
無駄に見える経路。

これらは、結果だけを見れば不要に見える。

しかし、それらがなければ、結果は成立しない。

無駄に見えるものが、
全体を成立させている。

ピコンも同様である。

ひとつひとつは、役に立たない。
説明もできない。

しかし、それらが連鎖したとき、思いもよらない地点に至る。

ここで多くの人は、結果を先に求める。

「どこに行くのか」
「何になるのか」

しかしこの問いは、連鎖を断ち切る。

ピタゴラス装置において、最初から結果だけを求めた場合、途中の構造は成立しない。

ピコンも同じである。

結果を急ぐと、連鎖は止まる。

したがって、本講義では、結果の予測を放棄することを推奨する。

代わりに、ひとつひとつの接触を観察する。

何が触れたのか。
どこで動いたのか。
なぜそこが反応したのか。

これらを、意味づけせずに見る。

その結果、ある地点に到達する。

それは、最初に想定していた場所ではない。

しかし到達したとき、強い納得が伴う。

「ここやったんか」

以上。