無意味芸術論

ピコン学入門|第1講:ながらとピコンの関係

ピコン学入門|第1講:ながらとピコンの関係

諸君。

ピコンは、集中しているときには、あまり来ない。

正確に言えば、集中しているつもりのときには、来ない。

人は何かに集中しようとすると、目的を持つ。成果を意識する。正解を探す。

その瞬間、頭は「管理モード」に入る。

この状態では、ピコンは現れにくい。

では、どのようなときに来るのか。

多くの場合、何かを“しながら”のときである。

歩きながら。
洗い物をしながら。
箱を詰めながら。
髪を乾かそうとしながら。

つまり、身体は動いているが、頭は少し空いている状態。

このとき、頭は主導権を手放している。

決めようとしていない。
評価しようとしていない。
意味を取りにいっていない。

この隙間に、ピコンは現れる。

「ながら」は、集中力の欠如ではない。
むしろ、ピコンにとって最も居心地のよい環境である。

ここで注意しておきたいのは、ながらの“質”である。

急いでいるとき。
焦っているとき。
評価を気にしているとき。

これらはすべて、ながらの形をしていても、管理モードに近い。

ピコンが来るのは、あくまで、力が抜けているときである。

何かをしながら、何も求めていないとき。

そのときだけ、ピコンは、そっと割り込んでくる。

なお、ピコンが来た瞬間にそれを捕まえようとすると、多くの場合、逃げる。

したがって、ながらの途中でピコンが来た場合は、

「はいはい」

と一度だけ心の中でうなずき、そのまま作業を続けることを推奨する。

本当に必要なピコンは、後で、もう一度来る。

以上。