無意味芸術論

ピコン学入門|第7講:構造を見る人のピコン

諸君。

すべての人が、同じ形でピコンを経験するわけではない。

中でも特徴的なのが、「構造を見る人」のピコンである。

このタイプの人は、現象そのものよりも、その背後にある配置を捉える。

なぜそれが起きているのか。
どの要素が関係しているのか。
どこに無理がかかっているのか。

これらを、意図せずに見てしまう。

見ようとしているのではない。
気づいたときには、すでに見えている。

重要なのは、見ようとしているわけではない、という点である。

気づいたときには、すでに見えている。

この特性は、若い頃には扱いづらい。

考えすぎとされる。
素直でないと評価される。
違和感を説明できないまま残る。

しかしこれは、性格の問題ではない。

単に、構造の把握が先に起きているだけである。

ひねくれているのではない。
早く見えているだけである。

構造を見る人のピコンは、次のような特徴を持つ。

ひとつの出来事が、別の領域に接続する。
点ではなく、関係として現れる。
時間差で意味が立ち上がる。

したがって、このタイプのピコンは、即時に活用しにくい。

しかし一度つながると、長く機能する。

また、このピコンは、人間関係や社会構造にも及ぶ。

なぜそのやり方なのか。
誰が支えているのか。
どこに歪みがあるのか。

これらを、感覚として捉える。

この感覚は、言語化されないままでは、違和感として残る。

したがって重要なのは、正しく説明することではない。

「そう見えてしまう」と認めることである。

構造を見る人は、世界を変える必要はない。

ただ、見えたものを、そのまま置く。

その視線そのものが、他者にとってのピコンになる。

以上。