若くして止まった作品は、よく持ち上げられる。
もし続いていたら。
もっとすごくなっていたはずだ。
そう言われる。
だが、それは作品の評価ではない。
可能性の評価である。
完成された作品は、
そこにあるもので判断される。
しかし未完成の作品は、
“存在しなかった未来”で判断される。
これは不思議な構造である。
実在しないものの方が、
実在するものより大きくなる。
さらにそこに、物語が加わる。
若さ。
死。
時代。
背景が作品に乗るとき、
評価は簡単に増幅する。
だが忘れてはならない。
未完成であること自体に、価値はない。
途中で止まっただけのものは、
途中のままである。
それでも残るものは、
途中の時点ですでに“何か”を持っている。
問題はそこにある。
我々は作品を見ているのか。
それとも、
失われた続きを見ているのか。
未完成は、美しいのではない。
想像を許すから、強く見えるのである。