社会観察録『お戻りくださいは不吉です』〜婚礼に潜む言霊バリアの秘密〜

結婚式には、不思議なルールがある。

それはマナーでもあり、
習慣でもあり、
そして何より——言葉の問題である。

たとえば、こんな一言。

「お気をつけてお帰りください」

日常では、なんの問題もない。
むしろ丁寧で、やさしい言葉である。

しかし婚礼の場では、これが少しだけ引っかかる。

“帰る”という言葉が、
「元に戻る」ことを連想させるからである。

せっかく新しい人生が始まる場で、
「戻る」という響きは、あまり縁起がよくない。


そこで登場するのが、言葉の言い換えである。

「お戻りください」ではなく、
「お開きとなります」

「終わり」ではなく、
「御披楽喜(おひらき)」


御披楽喜。

この言葉には、どこにも“終わり”がない。

むしろ、ひらけていくような、
広がっていくような響きがある。

終わりを、終わりにしないための言葉である。


考えてみれば、結婚式そのものがそうだ。

一区切りではあるが、
それは何かの終わりではなく、
始まりのための通過点である。

だからこそ、言葉もそれに合わせて整えられる。


日常では気にしないような一言が、
この場では少しだけ意味を持つ。

それは迷信なのかもしれない。
形式だけのものかもしれない。

それでも人は、言葉に少しだけ願いを込める。


うまくいきますように。
戻ることがありませんように。

そんな気持ちが、
言葉の選び方ににじんでいる。


婚礼とは、
言葉で空気を整える儀式でもあるのだと思う。

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