社会観察録『ご祝儀はお金ではない』〜渡しているのは、気持ちの様式である〜

結婚式で手渡される「ご祝儀」。

あれは、一見するとただのお金である。

封筒に入っていて、
金額があり、
現実的な用途もはっきりしている。

しかし、「お金」と言い切ってしまうには、
どこか違和感がある。


なぜなら、ご祝儀には、
いくつもの“ルール”がついているからである。

ピン札を用意する。
水引の形を選ぶ。
金額は割り切れない数字にする。

もしこれが単なる支払いであれば、
ここまで細かい作法は必要ないはずだ。


では、私たちは何を渡しているのか。


「祝儀」という言葉を見てみる。

“儀”という文字は、
儀式、礼儀、形式を意味する。

つまりご祝儀とは、
お金を渡す行為ではなく、

「あなたの幸せを祝いに来ました」という、
儀式そのものなのである。


封筒の中身は紙である。
しかし、その外側には、
関係性や気持ちがまとわりついている。

だからこそ、人は少し緊張する。

渡すとき、ほんの少し手が震える。

それは金額の問題ではなく、
そこに込められる意味の重さによるものだ。


ご祝儀は、お金でありながら、
お金以上のものである。

現実と感情のあいだにある、
不思議な媒体だと言ってもいい。


考えてみれば、私たちは日常の中でも、
同じようなことをしている。

形のあるものに、
形のない気持ちを乗せている。

ただ、それがもっとも丁寧な形で現れるのが、
この「ご祝儀」という仕組みなのかもしれない。


お金を渡しているようで、
実はそうではない。

そこにあるのは、
「祝う」という行為の、完成された形式である。

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