治ると、私が消える

「ほんま、ええ奥さんやね」

「こんなに尽くしてもらって、旦那さん幸せやわ」

何度も、何度も、そう言われてきた。

私は、うなずく。

笑って、首をかしげて、

「そんなことないですよ」と答える。

(間)

朝、起きて。

体を拭いて、食事を用意して、薬を飲ませて。

一日が、それで形になる。

できることは、限られている。

だからこそ、迷わない。

(間)

この人は、動かない。

歩かない。

外に出ない。

だから、私はここにいる。

(間)

ある日、先生が言った。

「少しずつ、良くなってきていますね」

私は、うなずいた。

「よかったですね」と言われて、

ちゃんと笑った。

ちゃんと、嬉しそうに。

(間)

台所で、ひとりになる。

手を止めて、しばらく立つ。

何をしていたのか、少しわからなくなる。

(小さく)

……よかった、よね。

(間)

最近、この人は、よく話すようになった。

目も、よく合う。

笑うことも、増えた。

(間)

それを見て、

私は、少しだけ、息が浅くなる。

(間)

「無理しないでくださいね」

先生がそう言ったとき、

私は、少しだけ、安心した。

(間)

なんでやろ。

(間)

この人が元気になることは、

いいことのはずやのに。

(間)

私がやってきたことは、

全部、ここにあるはずやのに。

(間)

この人が立てるようになったら。

歩けるようになったら。

ひとりで外に出るようになったら。

(間)

私は、何をすればいいんやろう。

(間)

私は、ここに、いられるんやろうか。

(間)

「なあ」

(夫の声)

「ちょっと、歩いてみようかな」

(間)

私は、顔を上げる。

(ほんの一瞬)

口元が、少しだけ動く。

(すぐに戻る)

「……うん」

「いいと思う」

(間)

私は、その人の腕を取る。

支えるために。

―――

その手の力が、

少しだけ、強くなる。

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