アイスはあるが、アイスはない

主人公は、大学受験を控えた男子高校生。

模試の結果はD判定。進路相談室で先生に志望校を告げた瞬間、返ってきたのは、たった一言だった。

「本当ですか……?」

その言葉が、なぜか胸に引っかかったまま、主人公はハンバーガーショップへ向かう。

「チーズバーガーで」

すると店員が言う。

「本当ですか? いいんですか?」

ピクルスを抜くとか、飲み物を何にするとか、そういう話ではないらしい。

オレンジジュースにするか、マンゴージュースにするかで揺れていると、店長らしき人物が現れて、こう言う。

「問題は、オレンジかマンゴーではない」

「オレンジでもいい。なんならオレンジと見せかけて、やっぱりマンゴーでもいい」

「優柔不断なんかじゃない。オレンジを飲んだ後にマンゴーを飲んでもいい」

「飲んでみないとわからないこともあるだろう」

気がつくと、主人公は駅前広場に立っている。

京橋。変な一日だ。

そこへ、雑誌を売るホームレスが声をかけてくる。

「いかが?」

主人公が断ると、ホームレスは静かに言う。

「逃げるな」

「避けるな」

「見ないふりを決め込むな」

「飛べ」

主人公は戸惑う。

「飛ぶって何?」

続いて現れたのは、アイスクリーム売りの男だった。

「暑いな……アイスください」

「ない」

「いや、あるでしょアイス」

「アイスはあるが、アイスはない」

意味のわからない言葉に混乱する主人公に、男は言う。

「自分の望みを、自分で聞いてやらないでどうする」

「目の前に次々と現れる心地よさげなものに、惑わされてどうする」

「みんなだって、そうじゃないか」

その言葉に、主人公の本音があふれ出す。

「みんなと同じか、本当はそれより少し上をいくくらいの大学に行きたいよ」

「親が自慢に思ってくれるような」

「兄貴みたいに優秀になれないから、こんなに追い詰められて苦しんでいるんじゃないか」

すると、兄が現れる。妻と子どもと楽しそうに笑っている。

ハンバーガーショップの店員も現れる。

さらに、車椅子の女性、年老いた人、外国人、さまざまな人々が広場に集まってくる。

彼らは、口々に主人公をうらやましがる。

「歩けるっていいよね」

「未来がいっぱいあるっていいよね」

「内戦がないっていいよね」

「日本に生まれていいよね」

「大学に行くことも選べるっていいよね」

「自由がたくさんあるっていいよね」

その人混みの中に、ひとりの少年がいる。

少年は静かに言う。

「両親が元気でいるなんて、いいよね」

「応援してくれる人がいるって、いいよね」

やがて少年が、緩やかに踊り出す。

人混みの一人ひとりも、それぞれの動きで踊り始める。

ダンスとは呼べないような動きもある。

そのとき、ガーンという衝撃音が響く。

続いて、開放感あふれる音楽が流れ、主人公の身体も自然に動き始める。

やりたいことは、ダンスだったのか。

それとも、他の何かだったのか。

選択は無数にある。

みんな違って、みんなで補い合っている。

みんなが自分で、助け助けられ、影響を受け、影響を与えている。

初めて心の赴くままに踊る主人公に、通りすがりの誰もが拍手喝采を送る。

「え? 俺、ダンスやりたかったの?」

「……あ、違う。何だって選べるんだってことか」

幕が降り始めた、と思った瞬間、再び幕が上がる。

主人公は前を向いて言う。

「よっしゃ、踊るぞ」

そして、全員総踊りのまま幕となる。

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