昔々、夜の散歩を欠かさないおばあさんと、夜の空気が好きなおじいさんがおりました。
二人は毎晩、川沿いの道を歩いておりました。
その道には、夜になると、ぽつり、ぽつりと光が浮かびはじめます。
最初に光るのは、たいてい犬でした。
首に青い輪っかをつけた犬が、トコトコと歩いてきます。
その後ろから、赤く点滅する犬が来ます。
さらに向こうから、緑に光る犬が来ます。
犬たちは別に、光っているつもりはありません。
ただ、散歩をしているだけなのです。
ところが、少し遅れて、人間も光りはじめました。
おじいさんは、腕に青い光る輪っかを巻いておりました。
おばあさんは、それを見て言いました。
「今日は点滅にせんのか」
おじいさんは、腕のボタンを押しました。
ピカッ。
ピカッ。
ピカッ。
「ホタルおじいさんに、へ・ん・し・ん」
おばあさんは、何も言いませんでした。
そのかわり、うしろから来たパグが、フガッと言いました。
川沿いの道には、犬と人間の光が、ゆっくり流れておりました。
青い光。
赤い光。
緑の光。
たまに、虹色に点滅する犬もおりました。
村の人たちは、それを見ても驚きません。
「あれは源三さんやな」
「なんでわかるんや」
「光り方がせわしない」
おじいさんは、うなずきました。
「今日は土曜やからな」
何が土曜なのかは、誰にもわかりませんでした。
けれど、村ではだいたい、それで通じました。
犬は草の匂いを嗅ぎ、人間は歩数を数え、川は暗いところで静かに流れておりました。
遠くで電車が通りました。
その音に合わせるように、青い光がひとつ、ゆっくり揺れました。
おばあさんは言いました。
「昔は、犬小屋が家の前にあったな」
おじいさんは言いました。
「今は、犬も家の中や」
「せやから、夜にならんと会えへん」
「光らせな、見えへんしな」
二人はしばらく黙って歩きました。
前から、また一匹、光る犬がやってきました。
小さな体で、トコトコと歩いておりました。
おばあさんは少し笑いました。
「祭りみたいやな」
おじいさんも少し笑いました。
「安全対策や」
川沿いには、青や緑の光が、ぽつり、ぽつりと揺れておりました。
犬も、人も、静かに夜道を歩いております。
遠くで、もう一度電車が通りました。
その光を見ながら、おばあさんは言いました。
「昔は、蛍が飛んどったなぁ」
おじいさんは、しばらく黙っておりました。
そして、やがて小さく言いました。
「今も飛んどる」
この村は、みんなホタル人間だったのでした。