昔々あるところに、 流行りの服に敏感なおばあさんと、 色の違いがほとんど分からないおじいさんがおりました——。
最近のおばあさんは、 “くすみカラー” というものに夢中でした。
ベージュ。 グレージュ。 エクリュ。 スモーキーモカ。
おばあさんは、 それらを順番に並べながら、 満足そうに頷いておりました。
「今は、 馴染む感じが大事なんよ☺️」
しかしおじいさんには、 全部ほぼ同じ色に見えます。
「これは、 さっきのと何が違うんや?」
おばあさんは、 静かに首を振りました。
「違うんよ☺️
これは、
“くすみベージュ寄りのグレージュ”なんよ☺️」
おじいさんは、 ますます分からなくなりました。
ある日のこと。
おばあさんは、 くすみカラーの服を着て、 くすみカラーの帽子をかぶり、 くすみカラーのバッグを持って、 ショッピングモールへ出かけました。
おじいさんは、 少し後ろからついて行きます。
しかし婦人服売り場へ入った瞬間、 おばあさんの姿が見えなくなったのです——。
「……おる?」
おじいさんは、 カフェラテ色の空間へ向かって、 静かに呼びかけました。
返事はありません。
そこにあるのは、 ベージュの壁。 ベージュの棚。 ベージュの服。
そして、 たぶんベージュのおばあさんでした——。
おじいさんは、 三人連続で別人に話しかけたあと、 ようやく動くベージュを見つけました。
「おばあさん、 草原の迷彩服みたいになっとるぞ」
おばあさんは、 少し得意げに言いました。
「馴染んでるってことや☺️」
その頃にはもう、 おばあさんが景色なのか、 景色がおばあさんなのか、 誰にも分からなくなっていたと伝えられております——。