お徳用サイズって、ええ響きやろ。
量が多い。
みんなで分けられる。
なんか、お得な気がする。
でもな。
袋を開けた瞬間、
ちょっとだけ、違和感があるねん。
数が多すぎて、
一粒一粒の存在が、ぼやける。
どれも同じに見えてくる。
大勢の中にいると、自分が薄まる。
人も一緒や。
人が多い場所におると、
安心する反面、
「自分って何やろ」って、
わからんようになる瞬間がある。
埋もれる。
混ざる。
均される。
それが悪いわけやない。
でも、気づかんうちに、
自分の味が消えていくことがある。
一粒であることを、忘れるな。
カキタネ仙人は言うた。
「お徳用であっても、
一粒は一粒じゃ。」
「数に紛れても、味は消えぬ。」
ほんまはな、
どれもちゃんと違うねん。
焼き加減も、形も、微妙に違う。
ただ、見ようとしてへんだけや。
袋から一度、外に出てみる。
もし、自分がわからんようになったら。
一回、外に出てみたらええ。
袋の外に出て、
一粒として見られてみる。
すると、不思議なもんでな。
ちゃんと「味」が戻ってくる。
自分が、自分として輪郭を持ち始める。
孤独は、悪やない。
大勢の中におる安心と、
ひとりでおる輪郭。
どっちも必要や。
カキタネ仙人は、最後にこう言うた。
「群れの中で迷ったら、
一度、孤独をかじれ。」
「そこでしか、わからぬ味がある。」
…深いな。
お徳用サイズの中で、
自分を見失いそうになったら、
思い出すんや。
自分は「一粒」やってことを。