スナック哲学部|カキタネ仙人講話録⑥「お徳用サイズの孤独」〜大勢の中の「自分」を見失わないために〜

お徳用サイズって、ええ響きやろ。

量が多い。
みんなで分けられる。
なんか、お得な気がする。

でもな。

袋を開けた瞬間、
ちょっとだけ、違和感があるねん。

数が多すぎて、
一粒一粒の存在が、ぼやける。

どれも同じに見えてくる。

大勢の中にいると、自分が薄まる。

人も一緒や。

人が多い場所におると、
安心する反面、

「自分って何やろ」って、
わからんようになる瞬間がある。

埋もれる。
混ざる。
均される。

それが悪いわけやない。

でも、気づかんうちに、
自分の味が消えていくことがある。

一粒であることを、忘れるな。

カキタネ仙人は言うた。

「お徳用であっても、
一粒は一粒じゃ。」

「数に紛れても、味は消えぬ。」

ほんまはな、
どれもちゃんと違うねん。

焼き加減も、形も、微妙に違う。

ただ、見ようとしてへんだけや。

袋から一度、外に出てみる。

もし、自分がわからんようになったら。

一回、外に出てみたらええ。

袋の外に出て、
一粒として見られてみる。

すると、不思議なもんでな。

ちゃんと「味」が戻ってくる。

自分が、自分として輪郭を持ち始める。

孤独は、悪やない。

大勢の中におる安心と、
ひとりでおる輪郭。

どっちも必要や。

カキタネ仙人は、最後にこう言うた。

「群れの中で迷ったら、
一度、孤独をかじれ。」

「そこでしか、わからぬ味がある。」

…深いな。

お徳用サイズの中で、
自分を見失いそうになったら、

思い出すんや。

自分は「一粒」やってことを。

関連作品