気づいたら、袋の底に集まってる。
振ったわけでもないのに、
いつの間にか、まとまってる。
柿の種も、ピーナッツも、
全部いっしょに。
最初はバラバラやったのに、
最後は、ひとつの場所に落ち着く。
散らばってても、最後は寄る。
人も、よう似てる。
若い頃は、バラバラや。
方向も違う。
価値観も違う。
進むスピードも違う。
交わることもあれば、
すれ違うこともある。
でもな。
長い時間の中で、
少しずつ、少しずつ、
何かが揃ってくる。
経験とか。
理解とか。
許しとか。
そういうもんが、
人を同じ“底”に導いていく。
共生って、無理に合わせることちゃう。
柿は柿のまま。
ピーはピーのまま。
無理に混ざろうとはしてへん。
それでも、同じ袋の中で、
最後は自然と寄り添ってる。
これが、ほんまの共生や。
無理に理解し合うことでも、
無理に同じになることでもない。
違うままで、
同じ場所にいられること。
底に集まるということ
カキタネ仙人は言うた。
「底とは、終わりではない。」
「すべてが交わる場所じゃ。」
…ええな。
人生の終わりって、
なんか寂しいもんやと思いがちやけど、
ほんまは、いろんなもんが
ようやく混ざり合う瞬間なんかもしれん。
最後に残る味
袋の底で食べる、
最後のひと口。
あれ、ちょっと特別やろ。
いろんな味が混ざってて、
ちょっと濃くて、
なんか、ええ感じや。
カキタネ仙人は最後にこう言うた。
「散らばることを恐れるな。」
「どうせ最後は、ええ具合にまとまる。」
…せやな。
人生も、たぶんそうや。
いろいろあって、
バラバラになっても、
最後には、ちゃんと味になる。