道場の空気は、異様だった。
静かすぎる。
本来、世界が注目するような場には、もっとざわめきがある。
だがこの日は違った。
誰もが、声の出し方を忘れていた。
「……これ、ほんまに戦争なんか?」
誰かが小さく呟いたが、それもすぐに空気に溶けた。
第一試合が始まる。
向かい合うのは、二人の首相。
互いに一礼する。
その動きだけは、やけに美しかった。
「……始め」
乾いた声とともに、竹刀が動く。
速い。
予想していたよりも、ずっと速い。
「あれ、普通に強ない?」
実況が、つい本音を漏らした。
一閃。
パシン、と乾いた音が道場に響く。
「面あり!」
試合は、一瞬で終わった。
勝った首相が、一歩下がる。
――そのときだった。
「よっしゃぁぁぁぁぁ!」
世界中に、その声が響いた。
一拍、遅れて。
審判が、静かに旗を振った。
「――反則」
ざわめきが走る。
「勝者、失格。敗者の勝ちとする」
「え?」
道場の空気が、初めて崩れた。
「いやいやいや、今のはええやろ!」
観客席から声が上がる。
だが、審判は一切揺れなかった。
「ルールです」
勝ったはずの首相は、固まっていた。
「……あ」
自分の口を押さえる。
だが、もう遅い。
その横で、負けたはずの首相が、静かに立ち上がる。
何も言わない。
ただ、一礼する。
その姿に、わずかに拍手が起きた。
小さく、だが確かに。
「……これが、ルールか」
誰かが、呟いた。
その日、世界は知った。
勝つことよりも、難しいことがあるのだと。