ひとり鬼 第三話「声」

最初は、夢だと思った。

眠っているのか、起きているのか、
わからないまま、声だけが聞こえた。

「……よう耐えたな」

すぐ近くで、聞こえた。

目を開けた。

何も見えなかった。

暗闇のままだった。

「誰や」

声に出したつもりだったが、
ちゃんと出ていたのかはわからなかった。

喉が、うまく動かなかった。

「もうええで」

その声は、やさしかった。

ずっと前から、そこにいたみたいに、
自然に、そこにあった。

「もう、待たんでええ」

何を言われているのか、
すぐには理解できなかった。

でも、その言葉は、
体の奥に、すっと入ってきた。

「……来えへんのや」

声が、少しだけ、出た。

「そうや」

間を置かず、答えが返ってきた。

「誰も来えへん」

静かに、断言された。

否定はできなかった。

「お前はな」

声が、少し近づいた気がした。

「もう、終わってるんや」

その言葉に、何も返せなかった。

怒りも、悲しみも、
出てこなかった。

ただ、納得してしまった。

「でもな」

その声が、少しだけ柔らかくなった。

「終わり方は、選べる」

意味が、わからなかった。

「このまま、消えるか」

「それとも——」

一瞬、間があった。

その間だけ、
空気が重くなった気がした。

「残るか」

その言葉は、
重かった。

「残る?」

聞き返した。

「ああ」

声は、落ち着いていた。

「お前はな、まだ“残れる”」

意味はわからないのに、
なぜか、理解できた気がした。

「どうやって」

その問いに、少しだけ、間があった。

「簡単や」

次の瞬間——

声が、変わった。

「そのままじゃ、無理やけどな」

さっきまでのやさしさが、
消えていた。

低く、重く、
押しつけるような声になっていた。

「その体のままじゃ、終わるだけや」

息が、止まりそうになった。

「選べ」

今度は、はっきりと言われた。

「消えるか」

「残るか」

答えを待たれているのが、わかった。

考える力は、ほとんど残っていなかった。

でも、ひとつだけ、浮かんだ。

——まだ、終わりたくない。

それだけだった。

「……残る」

自分の声が、どこか遠くで聞こえた。

少しの沈黙のあと、

声が、笑った。

「そうか」

その声は、やさしかった。

でも、次の瞬間——

「ほな、やろか」

空気が、変わった。

体の奥に、何かが入り込んできた。

冷たくて、重くて、
でも、どこかでなじむような感覚だった。

息が、戻った。

体が、動いた。

目の奥に、光が差した気がした。

でも——

それは、前と同じものではなかった。

「ほらな」

声が、すぐそばで囁いた。

「お前、もう戻られへんで」

その言葉を、否定できなかった。

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