ひとり鬼 第一話「落とし穴」

あのときは、笑って終わると思っていた。

土はやわらかくて、掘りやすかった。
最初はほんのいたずらのつもりだった。
通り道の端に、小さな穴を掘るだけ。
誰かが足を取られて、転んで、
みんなで笑って、それで終わる。

そんなものだと思っていた。

「もう少し深くしたら、面白いんじゃない?」

誰が言ったのかは覚えていない。
でも、その言葉にうなずいた自分は、はっきり覚えている。

面白くしたかった。
みんなに認められたかった。
自分がやったことで、誰かが笑ってくれたらいいと思った。

それだけだった。

土を掘る音が、やけに響いていた。
ザク、ザク、と。
途中で何度か、「これくらいでいいか」と思った。
でもそのたびに、
「まだ浅い」
「これじゃすぐ気づく」
そんな声がどこからか聞こえてきて、
結局、やめなかった。

穴は、思っていたより深くなっていた。

それでも、
大丈夫だろう、と、思ってしまった。

夕方、風が少し強くなっていた。
誰もいない道に、落ち葉が流れていく。
自分たちは、少し離れたところで様子を見ていた。

誰かが通るのを、待っていた。

笑う準備をしていた。

しばらくして、
ひとりが、その道を歩いてきた。

見慣れた後ろ姿だった。
名前も、顔も、ちゃんと知っている人だった。

でもそのときは、
ただの「通る人」にしか見えていなかった。

足が、沈んだ。

そのまま、体が消えた。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。
次の瞬間、鈍い音がした。

――落ちた。

誰かがそう言った。

でも、声が遠くに聞こえた。

笑い声は、出なかった。

誰も動かなかった。

穴の中から、音はしなかった。

風だけが吹いていた。

落ち葉が、穴の縁に引っかかって、
くるくると回っていた。

「……行こう」

誰かが言った。

足が、動いた。
自分の意思ではなかったかもしれない。
それでも、歩いた。

振り返らなかった。

振り返ったら、何かが終わる気がした。

そのまま、帰った。

その夜、
何もなかったみたいに、ごはんを食べた。

家の中は、いつも通りだった。
テレビの音も、箸の音も、
全部、いつも通りだった。

でも、どこかで、
ずっと同じ音が鳴っていた。

ザク、ザク、と。

掘ったときの音が、
頭の中で、止まらなかった。

次の日、
あの道には、人が集まっていた。

自分は、近づかなかった。

遠くから見ていた。

誰かが泣いていた。
誰かが名前を呼んでいた。

それでも、まだどこかで、
現実ではないような気がしていた。

自分がやったことだとは、
思いきれなかった。

思いたくなかった。

その日の夕方、
大人に呼ばれた。

名前を呼ばれたとき、
ようやく、全部がつながった。

ああ、あれは、
自分が掘った穴だったのだと。

そして、その穴で、
ひとりが、死んだのだと。

初めて、理解した。

でも、そのときにはもう、
何も戻らなかった。

言葉が出なかった。

何を言えばいいのか、わからなかった。

謝ることも、泣くことも、
できなかった。

ただ、立っていた。

その場に、
「いるだけ」だった。

その夜、
自分は、祠に連れて行かれた。

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