あのときは、笑って終わると思っていた。
土はやわらかくて、掘りやすかった。
最初はほんのいたずらのつもりだった。
通り道の端に、小さな穴を掘るだけ。
誰かが足を取られて、転んで、
みんなで笑って、それで終わる。
そんなものだと思っていた。
「もう少し深くしたら、面白いんじゃない?」
誰が言ったのかは覚えていない。
でも、その言葉にうなずいた自分は、はっきり覚えている。
面白くしたかった。
みんなに認められたかった。
自分がやったことで、誰かが笑ってくれたらいいと思った。
それだけだった。
土を掘る音が、やけに響いていた。
ザク、ザク、と。
途中で何度か、「これくらいでいいか」と思った。
でもそのたびに、
「まだ浅い」
「これじゃすぐ気づく」
そんな声がどこからか聞こえてきて、
結局、やめなかった。
穴は、思っていたより深くなっていた。
それでも、
大丈夫だろう、と、思ってしまった。
夕方、風が少し強くなっていた。
誰もいない道に、落ち葉が流れていく。
自分たちは、少し離れたところで様子を見ていた。
誰かが通るのを、待っていた。
笑う準備をしていた。
しばらくして、
ひとりが、その道を歩いてきた。
見慣れた後ろ姿だった。
名前も、顔も、ちゃんと知っている人だった。
でもそのときは、
ただの「通る人」にしか見えていなかった。
足が、沈んだ。
そのまま、体が消えた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
次の瞬間、鈍い音がした。
――落ちた。
誰かがそう言った。
でも、声が遠くに聞こえた。
笑い声は、出なかった。
誰も動かなかった。
穴の中から、音はしなかった。
風だけが吹いていた。
落ち葉が、穴の縁に引っかかって、
くるくると回っていた。
「……行こう」
誰かが言った。
足が、動いた。
自分の意思ではなかったかもしれない。
それでも、歩いた。
振り返らなかった。
振り返ったら、何かが終わる気がした。
そのまま、帰った。
その夜、
何もなかったみたいに、ごはんを食べた。
家の中は、いつも通りだった。
テレビの音も、箸の音も、
全部、いつも通りだった。
でも、どこかで、
ずっと同じ音が鳴っていた。
ザク、ザク、と。
掘ったときの音が、
頭の中で、止まらなかった。
次の日、
あの道には、人が集まっていた。
自分は、近づかなかった。
遠くから見ていた。
誰かが泣いていた。
誰かが名前を呼んでいた。
それでも、まだどこかで、
現実ではないような気がしていた。
自分がやったことだとは、
思いきれなかった。
思いたくなかった。
その日の夕方、
大人に呼ばれた。
名前を呼ばれたとき、
ようやく、全部がつながった。
ああ、あれは、
自分が掘った穴だったのだと。
そして、その穴で、
ひとりが、死んだのだと。
初めて、理解した。
でも、そのときにはもう、
何も戻らなかった。
言葉が出なかった。
何を言えばいいのか、わからなかった。
謝ることも、泣くことも、
できなかった。
ただ、立っていた。
その場に、
「いるだけ」だった。
その夜、
自分は、祠に連れて行かれた。