吸井吾朗 公文書館勤務記録⑥『空回りする優しさ』―ええことやのに、重たいんや―

その優しさは、正しかった。

困っている人に手を差し伸べる。

気を遣い、言葉を選び、

相手のためを思って動く。

(間)

誰が見ても、ええことやった。

―――

「大丈夫?」

「無理してへん?」

「手伝おか?」

その言葉は、何度も繰り返された。

(間)

相手は、うなずいた。

笑って、答えた。

「大丈夫です。」

―――

でも、少しだけ、距離ができていた。

言葉と、気持ちのあいだに。

(間)

近づこうとするほど、

なぜか遠くなる。

―――

吾朗は、その様子を見ていた。

廊下の角、誰もおらん場所で、

ただ、空気を感じていた。

「……ええやつやな。」

(小さく)

「ちょっと、重たいけど。」

―――

優しさは、押し付けられてへん。

でも、逃げ場がなかった。

(間)

断ったら、悪い気がする。

受け取ったら、少し疲れる。

―――

そのあいだに、湿気が溜まっていた。

誰も悪くないのに、

空気だけが、動かへん。

―――

吾朗は、そっと近づいた。

言葉の裏。

気遣いの奥。

そこに溜まったものを、少しだけ吸う。

(間)

「……これやな。」

「ちょっと軽なるで。」

―――

相手は、ほんの少しだけ、息を吐いた。

でも、何も言わへんかった。

(間)

優しさは、そのまま残った。

少しだけ、形を変えて。

―――

「まあええか。」

「次は、もうちょい間あけたらええ。」

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