【第1章】ポポは見ていた──ヨアナの光は、誰にも見えなかった。でも、ポポは知っていた。

第1章 雨のノート

ヨアナは、朝が少し苦手だった。

目が覚めた瞬間、
まだ何も起きていないはずなのに、
もう一日が重たく始まっている気がした。

布団の中で、少しだけ目を閉じ直す。
でも、二度目の眠りは、
いつも浅くて、すぐにほどけてしまう。

仕方なく起き上がって、
顔を洗って、
決まった時間に家を出る。

その一連の動きは、
誰にも教わらなくてもできるくらい、
きれいに整っていた。

ただそこに、
「気持ち」はあまりなかった。

通学路の並木道を歩く。

同じ時間、同じ道、同じ景色。
季節が少しずつ変わっていくことだけが、
唯一の違いだった。

ヨアナは、誰とも目を合わせなかった。

合わせないようにしていたわけではない。
ただ、目が合う前に、
自然と視線を逸らしてしまうだけだった。

教室に入ると、
すでにいくつかのグループができている。

笑い声。
誰かの名前。
軽い冗談。

そのどれもが、
ヨアナの少し外側で起きていた。

席に座る。

鞄からノートを取り出して、
そっと開く。

まだ何も書かれていないページを前にすると、
少しだけ呼吸が整う。

ここだけは、
まだ、何も決められていない場所だった。

ペンを持つ。

しばらく何も書かずに、
ただ白いページを見つめる。

それから、ゆっくりと書き始める。

「今日は、少しだけ雨の匂いがした」

それは、誰に向けた言葉でもなかった。

ただ、消えてしまいそうな感覚を、
少しだけ残しておきたかった。

ヨアナは、そうやって、
日々をノートに置いていく。

楽しかったことも、
悲しかったことも、
はっきりとは書かない。

でも、そのあいだにあるものを、
少しずつ、にじませていく。

昼休み。

教室はいつもより少し騒がしくなる。

誰かが笑って、
誰かが話して、
誰かがそれを聞いている。

ヨアナは、窓の外を見ていた。

校庭の端に、小さな水たまりができている。

風が吹くたびに、
その表面がゆらゆらと揺れていた。

その揺れを、
ずっと見ていた。

私は、そのときも見ていた。

ヨアナの視線の先にあるものを、
そのさらに向こうから、見ていた。

ヨアナは気づいていない。

自分が見ているものよりも、
ずっと遠くから、
自分が見られていることに。

ノートのページは、少しずつ増えていく。

誰にも読まれない言葉たちが、
静かに重なっていく。

それでもヨアナは書き続ける。

書くことで、
何かが変わるわけではない。

でも、書かなければ、
全部がどこかに消えてしまう気がするから。

ページの端に、
また小さな文字が残る。

「今日も、何もなかった」

少し間があって、
その下に、
かすれるような字で、

「ほんまに、何もなかったんかな」

と、書き足されていた。

その一行だけ、
少しだけ、震えていた。

私は、それも見ていた。

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