ついに、その日が来た。
柔道。
長らく議論され、ランキングだけ先に上位に入っていた競技が、ようやく実施される。
会場は、これまでとは少し違っていた。
畳。
静かな香りが、空気に混ざる。
「……やっとか」
誰かが、呟いた。
その声には、わずかな期待が含まれていた。
選手――いや、首相たちが入場する。
全員、白い道着。
その中で、一人だけ。
やけに馴染んでいる人物がいた。
「……目が違うな」
観客席の誰かが、小さく言った。
その人物は、静かに前へ出る。
礼をする。
その動きが、やけに自然だった。
「……始め」
審判の声が落ちる。
次の瞬間。
動きが、見えなかった。
いや、見えていたのに、理解が追いつかなかった。
組み合う。
崩す。
流れるように――
「一本!」
声が、畳に響く。
一瞬だった。
あまりにも、あっけなかった。
会場が、静まり返る。
誰もが、今の動きを頭の中でなぞろうとする。
だが、再現できない。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
――強い。
勝者は、ゆっくりと立ち上がる。
表情は、変わらない。
呼吸も、乱れていない。
静かに、相手に手を差し出す。
倒れた首相を、引き起こす。
一礼。
それだけだった。
歓声は、起きなかった。
代わりに、深い沈黙があった。
そして、その沈黙の中で。
誰もが思った。
――これは、ええな。