その思想は、正しかった。
誰が聞いても、うなずくような言葉。
否定の余地がない、整った理屈。
―――
「それって、こういうことですよね」
「本質的には、同じ構造です」
「だから、こうあるべきなんです」
(全員、うなずく)
―――
違和感は、なかった。
だから、誰も止めなかった。
(間)
気づかんうちに、空気が変わっていた。
少しだけ、重たい。
少しだけ、動かない。
―――
その思想は、広がっていった。
誰かが引用し、
誰かが言い換え、
誰かが“自分の言葉”として語り出す。
(間)
同じ温度で。
―――
吾朗は、棚の奥におった。
古い記録の隙間で、
その空気を見ていた。
「……ええこと言うてるな。」
(間)
「ちょっと、重たいけど。」
―――
誰も、間違ってへんかった。
でも、誰も動かへんかった。
(間)
正しさが、形を固定していた。
―――
やがて、その言葉は残った。
空気だけが、残った。
(間)
少しだけ、匂いがした。
誰も、それを口にせえへんかった。
―――
吾朗は、ゆっくり近づいた。
言葉の裏側。
うなずきの奥。
動かへん空気を、
そっと吸う。
―――
「……カビる前で、よかったな。」
(小さく)
「ちょっと乾かしとこ。」