それは、ゆっくりと始まった。
気づいたときには、もう当たり前になりかけていた。
「次の首相決戦、いつやったっけ?」
そんな会話が、日常に混ざる。
ニュース番組では、専門コーナーが設けられた。
「本日の注目ポイントです」
キャスターが、落ち着いた声で解説する。
「外野からの圧力に対し、どのように対処するかが鍵となります」
誰も、ツッコまない。
むしろ、真剣に聞いている。
街中の大型スクリーンでは、過去の試合が流れていた。
人々が足を止める。
「この試合、えぐかったよな」
「あのとき、はしゃぎかけたやつやろ」
笑いが、自然に生まれる。
誰も、怖がっていない。
学校では、授業の一環として取り上げられた。
「では、このルールの意義について考えてみましょう」
生徒たちが、ノートを開く。
「はしゃいだら負けって、なんで必要なん?」
「負けた側の気持ちを守るためやと思う」
そんなやり取りが、静かに交わされる。
その光景は、どこまでも平和だった。
そして、どこか不思議だった。
かつて、同じ“勝ち負け”のために、
多くのものが壊されていたとは、思えないほどに。
「……慣れてきたな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
その言葉に、誰も反論しなかった。
それが、事実だったからだ。