スン民エッセイ第6記録『適当同盟』

人はよく言う。

「誠実でありたい」
「ちゃんとしたい」

しかし世の中を見ていると、少し違う景色が見えてくる。

人は、すべてに対して誠実に生きているわけではない。

大事なところは守る。
どうでもいいところは流す。

必要なときは真面目になり、
そうでないときは適当にする。

つまり人は、部分的に誠実であり、部分的に適当である。

そして不思議なことに、人は同じようなバランスの人と集まる。

適当な人は、適当な人と。
ほどよく真面目な人は、ほどよく真面目な人と。

そこには、暗黙の了解のようなものがある。

これを私は「適当同盟」と呼んでいる。

無理に正しさを押しつけない。
お互いの適当さを、なんとなく許し合う。

それは一種の平和でもある。

ただスン民は、その中にいても少しだけ距離を保つ。

「いや、ちょっと待て」

その適当さは、自分にとっても許せるものだろうか。

そして静かに判断する。

入るか、入らないかを。

どこまで許すかは、
自分で決めていい。

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