スン民エッセイ第1記録『説教の誤爆』

世の中には、説教というものがある。

人はよく、
「人に迷惑をかけてはいけません」
「もっと思いやりを持ちなさい」
「ちゃんと考えて行動しなさい」
といったことを語る。

しかし、この説教というものは、どうも当たる場所を間違えることが多い。

なぜなら、本当にそれを聞くべき人は、だいたい聞いていないからである。

そして逆に、それを真面目に聞く人は、すでに十分すぎるほど気をつかって生きている。

つまり説教は、
聞く必要のない人に当たり、
聞くべき人には届かない。

これを私は「説教の誤爆」と呼んでいる。

世の中の人は、あまり相手を見て言葉を投げない。

一般論というものを、気持ちよく語るだけである。

しかし、一般論は便利なようでいて、ときどき無差別に人を傷つける。

とくに敏感な人は、それをまともに受け取ってしまう。

「私のことかもしれない」
「もっと気をつけなければ」

そうやって、必要以上に自分を責めてしまう。

だが少し立ち止まって考えてみるといい。

その説教、本当にあなたに向けられたものだろうか。

世の中には、
説教を聞くべき人と、
説教を聞きすぎている人がいる。

もしあなたが後者なら、
その言葉は半分くらい聞き流してもいい。

スン民は、そういうときこう言う。

「いや、ちょっと待て」

そして静かにこう判断する。

これは私の案件ではない。

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