柔道の試合は、静かに終わった。
あまりにも完璧すぎて、誰も何も言えなかった。
ただ、全員が同じことを感じていた。
――今の、すごかったな。
勝者は、控室に戻っていた。
誰もいない部屋。
静寂。
鏡の前に立つ。
自分の顔を見る。
変わっていない。
だが、内側が、少しだけ揺れていた。
「……よかった」
小さく、呟く。
その瞬間。
口元が、ほんのわずかに緩む。
――あ。
すぐに、表情を戻す。
だが、遅かった。
ドアが、静かに開く。
係員が立っていた。
「……今の、記録されております」
空気が、凍る。
「え?」
「規定により、試合後の挙動も審査対象です」
「いや、今のは……」
言い訳が、思いつかない。
なぜなら。
自分でも、少し嬉しかったからだ。
「……どうなりますか」
係員は、淡々と答えた。
「現在、協議中です」
その言葉は、やけに重かった。
後日。
公式発表が出た。
『本件は“はしゃぎ未遂”として扱う』
「未遂……?」
世界が、一瞬止まる。
「今回は警告とする」
安堵と、困惑が同時に広がる。
その日、世界はまた一つ学んだ。
喜びは、完全に消すことはできないが、
コントロールすることはできるのだと。