これは三つで一つの話です。
人は、与えられることを軽く見積もりすぎている。
手に入れること、持つこと、選ばれること。
それらは一見、得のように見える。
だが本当にそうだろうか。
持ちきれないものを抱え、
誰のものかもわからないものに執着し、
理由もなく選ばれることに揺れる。
そして最後に、
自分で差し出すという選択にたどり着く。
これは、贈与の話であり、
同時に、人がどこで自分を選び直すのかという話でもある。
贈与三景
第一景 その斧、ほんまにあんたのか
【登場人物】
男1
男2
女
【舞台】
何もない空間。
中央に、見えない“境界”があるように演出する。
(男1、立っている)
男1
……落としたんや。
斧を。
(間)
(男2、少し離れている)
男2
……へえ。
(間)
男2
それ、ほんまに困ってる顔ちゃうで。
男1
困ってるわ。
(間)
男1
ないと困るもんやねん。
(沈黙)
(女、いつの間にか現れている)
女
(静かに)
どれや。
(女の前に、三つの斧が“ある”)
(男1、見る)
(鉄 → 金 → 銀 と視線が揺れる)
(間)
男1
……鉄です。
(わずかな間)
(女、すべて差し出す)
女
全部、あんたのや。
(男1、受け取る)
(抱える)
(少し笑う)
男1
……ええんか?
(女、答えない)
(しばらくして)
男1
……これ、どうやって持って帰るんや。
(間)
男1
三つやで?
(男2を見る)
男1
ちょっと手伝ってくれへん?
男2
なんでやねん。
男1
いや、一人じゃ無理やろ。
男2
それ、あんたのやろ。
(間)
男1
……ほな、誰か呼ぶか。
(少し考える)
男1
いや、説明めんどくさいな……
(間)
男1
……いくらや。
男2
知らん。
でもタダちゃうやろな。
(沈黙)
(男1、斧を抱え直す)
(ぎこちない)
(少しずつ重さが出てくる)
(男1、鉄の斧を握り直す)
(ほんの一瞬、落ち着いた顔)
(バランスを崩す)
(金の斧が滑る)
(鈍い音)
(男1の足に落ちる)
(男1、声は出さない)
(顔だけ歪む)
(痛み)
(それでも)
(他の斧は離さない)
(沈黙)
(女はいない)
(男2、ただ見ている)
(男1、少し動こうとする)
(うまく動けない)
(立ち尽くす)
(照明、ゆっくり落ちる)
(暗転)
第二景 それ、落ちてきただけやで
【登場人物】
男1
男2
女
【舞台】
ベンチのようなものがひとつあるだけ。
日常のどこか。
(男1、座っている)
(足元に何かある)
男1
……あれ?
(拾う)
男1
財布や。
(開く)
(中を見る)
男1
……入ってるな。
(間)
(男2、近くにいる)
男2
落とした人、探したらええやん。
男1
……まあな。
(間)
男1
でもこれ、誰のかわからんやろ。
男2
せやな。
(間)
男1
……交番、遠いねんな。
男2
知らんがな。
(沈黙)
(男1、財布をポケットに入れかける)
(止まる)
(また出す)
男1
……ちょっとだけ見とくか。
男2
何をやねん。
男1
中身。
(男1、金を取り出す)
男2
それ、あかんやつやろ。
男1
全部ちゃうで。
ちょっとや。
(間)
男2
ちょっとってなんや。
男1
減ってても、たぶん気づかんやろ。
(沈黙)
男2
……ほな、ええんちゃう。
(間)
(男1、金を戻す)
男1
……やめとくか。
(少し笑う)
男1
なんか、めんどくさいな。
男2
何がやねん。
男1
考えんのが。
(間)
(男1、財布をベンチに置く)
男1
……誰か来るやろ。
男2
知らんけどな。
(少しして)
(女、現れる)
(何も言わず財布を見る)
(男1と男2を見る)
女
……それ、見た?
男1
……いや。
男2
……見てへん。
(間)
女
……そう。
(女、財布を持って去る)
(沈黙)
男1
……さっきの、ほんまにあの人のやったんかな。
男2
知らん。
(間)
男1
……でも、あの人持っていったな。
男2
……せやな。
(間)
男2
持ってるやつのもんなんかもな。
(沈黙)
男1
……ほな、さっき俺が持ってたときは?
(間)
男2
……知らん。
(男1、何も言わない)
(足元を見る)
(何もない)
(少しだけ探す仕草)
(やめる)
(立ち上がる)
(でも少しだけ後ろを見る)
(暗転)
第三景 なんであんたなん?
【登場人物】
男1
男2
女
【舞台】
何もない空間。
椅子がひとつあるくらい。
(男1、普通にいる)
男1
……なんもないな。
(女、現れる)
女
結婚してくれへん?
(間)
男1
……は?
男2
(少し離れて見てる)
誰やねん。
男1
なんで俺なん?
女
あんたやから。
男1
理由は?
女
ない。
(間)
男1
……いや、無理やろ普通に。
(間)
男1
……ほんまに?
男2
やめとけや。
男1
なんでやねん。
男2
知らんけど、変やろ。
女
なんもせんでええよ。
男1
……え?
女
そのままでええ。
男1
……楽やな。
男2
それ、ほんまにええんか。
男1
何がやねん。
男2
理由ないんやろ。
(間)
男1
……せやな。
男1
……なんで俺なん?
女
今はあんたや。
男1
……今はってなんやねん。
女
そのままの意味や。
(間)
男1
……ほな、他でもええんか。
女
ええで。
(沈黙)
男2
……それ、使われてるだけちゃうか。
(間)
男1
……何にや。
男2
知らん。
でも、“あんたじゃなくてもええ”ってことやろ。
(間)
男1
……やめとくわ。
(女、去ろうとする)
男1
……ちょっと待って。
(間)
男1
……もし、このまま続くんやったら。
(言葉を選ぶ)
男1
俺のほうが、出す側になるで。
(間)
男1
もらうだけやったら、持たれへん気する。
(さらに間)
男1
でも、あれは欲しかったんちゃうな。
(間)
男1
損とか得とかやなくて。
(少し間)
男1
自分で決めて捧げるほうが、しっくり来たんやと思う。
(沈黙)
女
……知らん。
(女、去る)
(沈黙)
男2
……なんやそれ。
男1
……わからん。
(間)
男1
……なんで俺やねん。
(誰も答えない)
(暗転)